うつ病と診断されるまでとその直後を振り返る

ロスジェネ雑記

割とあけっぴろげにTwitter上で体調を書いていたのでtwilogを検索すれば経過をある程度辿れるし、わいの記憶と照合しながら書いていこうと思います。

1.最初に心療内科を受診してから

「心療内科」という言葉を初めてツイートしてるのは2013年6月10日でした。前日未明に謎の腹痛で救急搬送されたものの「異常ないわ」って点滴だけ打って帰されてこの言い様。

あんまり深刻そうな感じしませんな。この後実際に受診して「自律神経がおかしくなってるよ」的な診断を受けたようです。お薬も処方されたようですがその詳しい内容がよく分からない…どうも抗不安薬を飲んでるようなこと言ってる。メデポリンかフルニトラゼパムのどっちかだと思う。

2013年がどういう時期だったかというと、大体以下のような感じ。

当時のわいをめぐるタイムライン
  • 2011年2月
    お仕事やめたい…

    お仕事が大変すぎて『スイートロビンガール』という作品をもってわいは勤めていたエロゲ制作会社(当時はただの社員)を退職するつもりだった。

  • 2011年3月
    東日本大震災

    3月11日に水戸市で被災。わいの退職もへったくれもなく、誰かが社長を継がないと会社を畳んで全員退職やんけという状態に。

  • 2011年6月
    平社員から社長に

    「何事も経験じゃね?」的なアレでわいが社長になってしまう。当時製作中だった新作『アステリズム』がその劇中設定からエラいことになってしまって、リリースするために大暴れ(当時の経緯はこちら)。

  • 2012年6月
    なんとか新作発売

    『アステリズム』発売にこぎつける。

  • 2013年4月
    どんどん組織が変わっていく

    看板イラストレーターのぎん太が退職。エロゲブランドとしての体制刷新が必要となったので、対応に必死。

んー、こうやって見てみると激動なので、疲れが溜まっていたのかも。この後しばらくは特に病状がどうこうっていうツイートはないものの、自分が思うような結果を仕事で出せていないこととスタッフ達への申し訳無さというか負い目をずっと感じていた記憶はあります。

やたら回復アピールしてる…。2014年に入るとお薬を頓服的に飲むだけになって、それなりに安定していたようです。こんな振り返り方もしてる(※個人の感想です)。

この時期は初めてわいの企画が通ったエロゲ『あの晴れわたる空より高く』の制作に熱中してて、あまり辛さを感じていなかった気がするなあ。

ただ、9月の同作発売以降はまた不安感と焦燥感にかられる日が多くなったかな。ずっと緊張でお腹が痛いようなかゆいような、そんな状態。

2.決定的な異変が生じて、うつ病と診断される

2015年2月25日に、こんなツイートをしています。

直前の3週間くらい、それまでほとんど毎日していたツイートも一切できなくなっていました。PC作業も電話対応もできなくなって、スタッフの前で泣いたりしてた。

ここから、この記事を書いてる2018年11月になってもまだ続いてるうつ病体験がスタート。続きはまた今度。

3.記録しておこうと思った

抗うつ剤を服用することで自分にどんな変化があるのかとっても不安だったから、処方されるお薬の内容を記録しておこうと思ってハッシュタグつけてツイートしてました。

twilogを「#治療メモ」で検索するとドバっと表示されるって寸法よ。

イシダP(@twit_chu)/「#治療メモ」の検索結果 - Twilog
イシダP(@twit_chu)のTwilog

自分自身のことについてメモをとっておくと、後から色んな分析ができて面白いのでオススメ。ただしわいみたいにTwitterに書いたりせず普通のメモの方がいいと思う…。または非公開の日記アプリみたいなのとか…。

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